心の在り処
 
 
 

 「―――止まれ、戦闘終了だ」
 ビッグスの声に、ティナの乗る魔導アーマーの動きが止まった。
その機体の足元には、今まさに踏み潰された、敵兵の死体があった。
ティナの、意思を持たない瞳には、この戦場はどのように映っているのだろうか。
ビッグスたちが持つような、「あぁ、今日も生き延びたな」という思いがあるかどうか、
それさえはっきりしない、青い月の色の瞳で、
少女はぼんやりと次の指令を待っているようだった。
 

 ティナは、人間の感情や意思を奪う、「あやつりの輪」を額にはめた、
魔導アーマー乗りの兵士だ。
ガストラ皇帝とケフカ将軍のお気に入りの、「人殺しのお人形」なのだ。
 アーマーの能力を最大限に引き出して扱う少女は、
その情け容赦のない仕事ぶりから、敵はおろか味方にさえも、
その服の色から「紅い魔物」と呼ばれているが、
実際のところ、ティナが自分の意思で行動しているのではない。
チームを組んで三年になる、ビッグスとウェッジの二人が、
的確な指示を与えているからこその、戦果なのである。
 自軍のテントまで戻りアーマーを降りると、ビッグスたちもひどくくたびれていて、
しばらくはテントの床に倒れ伏していた。
自分の腕に触れる、柔らかなものにウェッジが気づき、それを見ると、
自分たちと同じように倒れたティナが、彼の腕を枕にするようにして、
気ぜわしい息遣いをしていた。命令した通りなら、隅に丸くなっているはずなのだが。
 まさか、怪我をしているのか。男たちは少女の異変に体を起こし、
二人してその体を半分起こしてやった。だらりと力なく垂れ下がった腕にも、
少しだけ娘らしいふくらみの出てきた体にも、目につく傷は受けていないようだった。
ウェッジは少女の頬に手をあてて、
 「おい……どっか、打ったか挫いたか?」
 言いながら軽く頬を叩いてやると、ティナはその小さな頭を横にゆっくりと振った。
彼らと同じように、苛烈な戦いの後で疲れただけの事らしかった。
大事な預かり物が怪我をしたのではないと判り、男たちは一様に安堵の表情になった。
 何か指令があるのではないかというような、一途とも思える瞳を
自分に向けてくるティナの顔に、返り血が一筋二筋ついているのを
ウェッジは見てとると、自分の親指をひと舐めしてから、
少女の柔らかな頬をこすってやった。
 「そら。綺麗になったぜ?」
  無論、こんな事をやっても、言っても、ティナが返事をしてきた試しはないし、
彼もその反応が欲しくてした事ではなかった。
生き延びた事にほっとした、そのひとときに何の気なしにした事だ。
 「―――り、……、が…と―――」
 男たちは互いの顔を見つめ、それから二人の間にへたりこんで座る
ティナの顔を見つめた。だが、指で擦った後だけが白く光る、
汗と埃で汚れた無表情な顔が、じっと彼らを見つめるだけだった。
 

 「―今日のアレ、…どうするんだ?上に言うか?」
 報告書を書くビッグスの手元を見ながら、ウェッジが尋ねた。
明け方の戦場から戻り、数時間過ぎた今は、昼も中ばとなり、
ナルシェ地方の寒さでも、こうやって日が差していれば、テントの中も
多少は暖かく感じられた。
 「さぁな…オレたちの空耳かもしらんしなぁ…『ありがとう』なんてなぁ…?」
 「そうだよな、…まさか、ティナが自分から言うなんて、ありゃしねえよ」
 テントの隅で、毛布にくるまっている少女の姿を見ながら、男たちは話した。
 ティナは意識を持たない「生きている人形」だ。誰かの指示が無くては、
立つ事も座る事もしない、そのように「調整」したのだ、と二人はケフカ将軍から
直々に聞かされていたし、三年間につぶさに見て知っていた。
 ティナが彼らの指示に反した事はほとんど無かった。それに、ケフカはこの
二人の兵士たち―古参に近く、ティナを「女」と見るような、愚かしい真似を
しそうもない―に、戦闘の度に、少女への指示と、その結果を報告させていた。
そして、ケフカがそれを読み、ティナを呼び出して数日すると、彼らの元に
戻らせるのだ。その度に、ティナの表情はぼんやりしたものに
変わっていったのだった。
 「…もし、オレたちが、戦闘中に死んだり――」
 「っと、待てよ、何だよその例えは!縁起悪いな」
 ウェッジがぶつぶつ反論すろと、ビッグスはまぁまぁ、と彼をあやすように言ってから
 「オレとお前の両方が、指示が出せない状態になったら、ティナはどうなるんだろう、
と思ってな。…戦場でだって、たまに声の届かない事もある。その度に調整されて
来たが、それじゃ人間じゃねえ、魔導アーマーと同じだ」
 ビッグスは言葉を続けながら、報告書に「問題なし」と書いた。
 「自分の頭で考えて、戦いを生き抜かなきゃならない。…あの『あやつりの輪』を
オレたち全員が付けてみろ、どんな軍隊になるんだか、考えただけでゾッとするぜ」
 「…死をも恐れない、生きている壁ってとこか」
 ウェッジも、続けて書類にサインをした。これを提出したら、彼らは次の夜を待って、
特殊任務につくのだ。ティナの再調整をせずに出かければ、
もし、少女に嵌めた『あやつりの輪』に何か支障があった場合、
最悪自分たちも殺される可能性があるのだ。
 それでも…と男たちは、規則正しい少女の寝息を聞きながら思った。
 ティナに、まだ少しでも心が残っているのならば、今回の任務で何か有った時のために、
一人でも生き延びられるのなら、そうしてやろうと。
 三年を過ごすうちに、次第に絆が深まっていたのを、男たちはティナのあの声で
気がついたのだった。
 
 

―――夜半を過ぎ、吹雪も幾分小止みになったようだ。
これならナルシェの廃坑まで、二時間程で辿り着けそうだった。
 「…寒いなぁ」
 ビッグスがうめきながら、アーマーの上で伸びをした。
 「全くな。こんな時ぁ一杯やりたくなるな」
 そう答えながらウェッジが、もう一台のアーマーにかけておいた雪おおいを、
重たいアームを動かして外してやると、ティナがゆっくりとした動きでそれに乗りこんだ。
少女が何を思っているか、この作戦の内容を理解してるかどうか、
『覆いを外したら出発だ』という命令を守っている事以外には、
やはり男たちには判らなかった。それでも、少女の緑がかった金色のポニーテールが、
風にくるくるとなびく様は、絵のように今夜も美しかった。
 「さぁ、行こうぜ?とっとと終らせて、飲みに行かないとな。
――ティナ、前進だ」
 ビッグスの指示で、三体のアーマーが吹雪の中を歩き出した。男たちが見上げると、
その雪の流れる合間に、紺色の夜空がちらりと見えた。
 吹き飛んでしまったかのようなティナの心の中に、まだ何かが残っているのなら、
それはこんな風に見えるのかも知れない――
ビッグスとウェッジは時々垣間見える空を見ながら、進んで行ったのだった。
 

【終】

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